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自分の腸内フローラは何に由来するのか?

こんにちは、onakademy編集部です。

以前に「腸内環境とは?」の記事でお伝えしたように、私たち人間は大腸内に棲むおよそ40兆匹の腸内細菌と共存しています。
今更ではありますが、彼ら腸内細菌はいつ・どこからやってきたのでしょうか?今日はその謎に迫ります。

自分のおなかの中に腸内フローラ(腸内細菌の群集)が形成される過程を知れば、今後の生活の中で腸内細菌に思いを馳せるタイミングがきっと格段に増え、身近になるはずです。


腸内フローラは遺伝する!?

私たち人間の腸内フローラは、親からの遺伝だと思いますか?

実は遺伝的な影響はわずかで、大部分は環境要因から影響を受けます。腸内フローラが棲んでいる腸管内は、口から肛門までが一本の長いホースやちくわのような「内なる外」であり、体内にありながらも外部環境とつながる体の外側です。それゆえ、外部環境の影響を非常に受けやすいのです。

自分の大腸内にどのような腸内細菌がどのくらいの割合で生息しているかは、自分が生まれ育ち過ごしてきた環境によって形成されるがゆえ、人それぞれで異なるものなのです。

では、環境要因とは具体的にどういったものでしょうか?
腸内環境に影響を与える要因を、大きく以下7つのカテゴリーに分けてご紹介しましょう。

・食習慣
・出生経路
・生活環境
・生活習慣
・薬物投与
・加齢
・宿主遺伝

最も大きな要因は食習慣


言うまでもなく・・・ではありますが、環境要因の中でも、食習慣は腸内フローラの形成に大きく関与しています。口から摂取した食べ物のうち、消化吸収しきれずに大腸に届いたものを腸内細菌がエサとして利用し、腸管内に複雑なコミュニティを形づくっています。

私たち人間は生まれてすぐに外部環境から様々な菌を取り入れ、それらが腸内で増えていくことで人それぞれの腸内フローラが形成されていきます。

乳児期には母乳やミルクを飲むため、それらに含まれるオリゴ糖を利用しやすいビフィズス菌がまず増えていきます。
離乳期以降も食事の影響を受けて腸内フローラは大きく変化しますが、3歳頃になると免疫系の成熟化とも関連して大人型の腸内フローラになります。青年期以降は、健康な状態で生活環境にも大きな変化がなければ、腸内フローラのタイプはそれほど大きくは変わらないことが分かっています[1]。

食事は、まさに腸内環境を映す鏡と言えます。

特に長期的な食習慣が腸内フローラの形成に与える影響は大きいですが、短期間でも極端に食習慣が変化すれば腸内フローラのバランスに影響を与えることがわかっています。

例えば、アフリカ在住のアフリカ人は「高食物繊維・低脂肪」の伝統的な食生活を送る一方、アメリカ在住のアフリカ人は「低食物繊維・高脂肪」の西欧食を普段の食生活としていますが、両グループの被験者に2週間食事を交換してもらったところ、互いのグループの腸内フローラに類似したことが報告されています[2]。

食事による影響については数多くの研究報告がありますので、今後も他のトピックで深堀りしていきましょう。

様々な環境要因が腸内フローラに影響


食事以外の腸内フローラに影響を及ぼす要因について順にお伝えしましょう。まずは、出生経路です。

人は母親の胎内にいる時にはまだ無菌状態であると言われていますが、生まれた瞬間に母親から様々な菌を受け継ぎます。経膣分娩であれば、産道を通る過程で口や鼻から様々な菌を取り入れ、産道細菌叢を反映します。一方、帝王切開の場合は、母親の皮膚の常在菌を最初に受け継ぎます[3]。

ちょっと驚くかもしれませんが、海外の研究で、帝王切開で生まれた場合でも、爪の先程度のほんの少しの「母親の便」を母乳に混ぜて飲ませることで経腟分娩型の腸内フローラに近づくという報告もあります[4]。

直接的な遺伝ではないにしろ、出生時に外部環境を通じて既に母親から受け継がれているのですね。

ここで、疑問に思った方はいますか…?「じゃあ父親の腸内フローラは・・・?」

ご安心ください。腸内フローラには生活環境も影響しています。

中でも細菌の伝播経路の一つに「家族での入浴」があり、日本人の家庭では父親が子をお風呂に入れる文化があるため、父親の腸内フローラも子に受け継がれているという報告があります[5]。 

論文内では日本人と外国人の比較は行っていません。ただ、海外ではシャワーで済ませることが多いため、日本では海外と比べて父親からの伝播の影響も大きいかもしれません。

また、同居自体が腸内フローラがシェアされる重要な因子であるともいえます。オランダのコホート研究では、腸内フローラの伝播は遺伝要因が6.6%に対して、同居因子が48.6%と報告されています[6]。

更に、宇宙ステーションのクルーは腸内フローラが似通ってくることが報告されており、これは宇宙で過ごす間の閉鎖空間中に漂う微生物にさらされることが影響しているとみられています[7]。

次に、生活習慣です

例えばその一つとして、運動習慣も腸内細菌叢に影響を与えることが報告されています。プロのラグビー選手は多様性の高い(様々な種類の)腸内フローラを有し、腸内細菌によってつくられる短鎖脂肪酸という健康に有益な影響を与える物質の量が多いことも知られています[8][9]。

そのほか、先週は脳腸相関についてもご紹介しましたが、ストレスの多い生活も腸内細菌に影響を及ぼすと言われます。またもや宇宙飛行士の話ですが、極度のストレスがかかる環境で任務を行う宇宙飛行士は、飛行前後で腸内フローラが変化する可能性も考えられています[10][11]。

生活習慣といえば、生活リズムと腸内フローラにも関係があります。時差8時間以上の海外からの旅行者を対象とした腸内フローラ解析では、サーカディアンリズム(概日リズムとも呼ばれる人間の基本的な機能の24時間周期のリズム)が腸内フローラのバランスに影響を与えることが報告されています[12]。

そして、腸内フローラに与える影響が大きいものに、薬品の経口摂取があります。

最も影響が大きいものは抗生物質や抗菌剤です。これらはウイルスや病原菌を減少させるために使用されますが、そのデメリットとして、元々腸内に棲んでいた良い腸内細菌までもを殺してしまいます。他にも、胃潰瘍治療薬や糖尿病の治療薬などが腸内環境に影響を与えることが知られています。

抗生物質によって腸内細菌が排除されてしまった場合、一時的な使用であれば元の自分の腸内フローラに3か月程度で戻ると言われていますが、長期的な使用を行った場合は、副作用として腸内フローラが乱れたり多様性が減少したり、そして腸内でつくられる代謝物質が変化することがあります[13-15]。

腸内フローラを決める要因の一つとして、加齢もあげられます。
加齢による体調変化には、腸内フローラの変化も影響しているのです。
加齢に伴って腸内フローラのバランスが変化することは1970年代の研究[16] で既に示されていましたが、近年になって最先端技術を用いた研究を行うようになってからも同様の結果が報告されています[17]。

加齢に伴って腸内フローラのバランスが徐々に変わるのは、免疫系や消化吸収能力の低下などによって腸内環境が変化することが要因としてあげられます。生後数週間の乳幼児から100 歳以上の高齢者までの健康な日本人367 名を対象にした研究では、年齢と共に減少していく腸内細菌グループ、年齢と共に増加していく腸内細菌グループ、乳幼児と高齢者で占有率が高いグループ、成人でのみ占有率が高いグループなどの特徴が明らかになりました[18]。

そして最後に、宿主(人間側)の遺伝的要因です。

冒頭で述べたように、私たち人間の腸内フローラは遺伝要因よりも環境要因に左右されますが、それは「人間の食事内容がとても多岐に渡るため」と考えることができます。
人間以外の霊長類や小型哺乳類を例にとると、腸内フローラの違いは食事ではなく進化的距離の方が大きく、つまりこれらの生物の間では遺伝的な要因が腸内フローラを決定する主な要因なのです[19]。

このように、腸内フローラは様々な要因や個々人のライフスタイルに依存して形成されていくことがわかりますが、そうしたライフスタイルによって決まっていくものと捉えると、反対に、「それらの要因を活用して腸内フローラを意図的に変えられる」とも言えます。

腸内フローラは自分が過ごしてきた歴史を物語っているようでもあり、腸内フローラこそが、あなた固有の「体質」であるとも捉えられるかもしれません。

参考文献
[1] Yatsunenko, T. et al. Nature 486, 222-227 (2012).
[2] O'Keefe, SJ. et al. Nat Commun 6, 6342 (2015).
[3] Backhed, F. et al. Cell Host Microbe 17, 690-703 (2015).
[4] Korpela, K. et al. Cell 183(2), 324-334 (2020).
[5] Odamaki, T. et al. Sci Rep 9, 4380 (2019).
[6] Gaesa, R. et al. Nature 604, 732-739 (2022).
[7] Voorhies, AA. et al. Sci Rep 9, 9911 (2019).
[8] Clarke SF, et al. Gut 63, 1913-1920 (2014).
[9] Barton, W. et al. Gut 67, 625-633 (2018).
[10] Holdman LV, et al. Appl Environ Microbiol 31, 359-375 (1976).
[11] Siddiqui, R., Akbar, N. and Khan, N.A. J Appl Microbiol 130, 14-24 (2021). 
[12] Thaiss, C. et al. Cell. 159(3). 514-529 (2014).
[13] Falony, G. et al. Science 352, 560-564 (2016).
[14] Nagata, N. et al. Gastroenterology 163(4), 1038-1052 (2022).
[15] Perez-Cobas, A. et al. Gut 62, 1591-1601 (2013).
[16] Mitsuoka, T. et al. Zentralbl Bakteriol Orig A. 223, 333–342 (1973).
[17] Mitsuoka, T. Biosci Microbiota Food Health 33, 99-116 (2014).
[18] Odamaki, T. et al. BMC Microbiol 16, 90 (2016).
[19] Amato, K. et al. ISME J 13(3), 576-587 (2019).

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