腸内環境を味方にすれば、新生活のストレスに立ち向かえる!?
こんにちは、onakademy編集部です。
新年度が始まり新しい環境に新鮮さを感じる一方で、新生活のストレスに悩まされている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回の記事ではそんな皆様にも身近な「精神的ストレス」と腸内環境の関係性についてご紹介したいと思います。
腸内環境とストレスは関係している!
まず結論から言ってしまうと、「腸内環境とストレスには非常に強い関連性がある」と言われています。
ストレスが腸に影響することについては、皆さんもご経験があるのではないでしょうか?
ストレスが溜まると便秘や下痢気味になる、緊張するとおなかが痛くなるなど、ストレスに応じて腸には様々な影響が出ますよね。
そもそもなぜ上記のような精神的なストレスがおなかに現れるのでしょうか?
実はこれは「脳と腸が非常に密接な関わりがある」から起きているものなのです。
脳と腸の密接な関わり
そもそも脳と腸は「迷走神経」と呼ばれる神経で繋がっています。
迷走神経とは、「自律神経」と呼ばれる呼吸や脈拍といった私達が無意識下に行っている生体機能を自動的(自律的)に制御してくれている神経の一種です。
腸の場合だと、この迷走神経が大腸内で内容物(最終的に便になるもの)を運ぶための「蠕動(ぜんどう)運動」を制御してくれています。
例えば食事をしてリラックスしているときは蠕動運動を活発化して大腸内容物を運搬しますが、運動など活発に活動しているときは蠕動運動を停滞させます。この迷走神経がストレスで乱れたりすると、蠕動運動が正しく機能しなくなって下痢や便秘になったり、腹痛などにつながるんですね。
「生活習慣が乱れて自律神経が乱れると、便秘や下痢になったりする!」
というような話を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。これも上記の脳と腸が神経的に密接につながっている結果起きています。
また、脳はホルモンと呼ばれる物質を分泌し、体内に行き渡らせることで様々な臓器を制御しています。
腸も脳から分泌されたホルモンに制御を受けており、例えば幸せホルモンとして知られる「セロトニン」は蠕動運動を促進したり大腸の機能を制御していると言われています[1]。
この様に「脳→腸」の方向では主に神経とホルモンを介して様々な制御が行われています。
そして、前述の腸の制御はもちろん腸内の環境にも影響するため、腸内フローラにも影響すると言われています[2]。
さて、脳(ストレス)から腸への影響についてはなんとなくイメージが出来たと思います。
ですが、これだけなら「ストレスが腸内環境に影響を及ぼしている」だけじゃないか?と思われる方もいるかも知れません。
しかし、近年の研究によって「腸→脳」の方向でも影響が起きていること、そしてそれに腸内フローラが関わっていることが徐々に明らかになってきたのです。
腸から脳への影響 ~脳腸相関について
「脳→腸」の方向では神経とホルモンを介した制御が行われていました。
では「腸→脳」の方向ではというと、主に次の4つの経路を介して影響をしていると考えられています。
神経系
ホルモン
腸内代謝物質
免疫細胞
ちょっと多いですが、順番に見ていきましょう
神経とホルモンによる「腸→脳」への影響
脳と腸が神経やホルモンを介して密接にコミュニケーションを取っていることは前述のとおりですが、実はこれは逆方向にも起きています。
私達のおなかの中では、腸内フローラが食物繊維やオリゴ糖といった未消化物を分解して短鎖脂肪酸などの腸内代謝物質を作ってくれています(詳しくは以下の記事もぜひご覧ください)。
この腸内代謝物質は人の健康に様々な影響を及ぼすことが言われていますが、その作用経路として神経系やホルモンを介していることが分かっているのです。
まず神経系を介したやり取りですが、腸の表面にある細胞には「受容体」と呼ばれるセンサーのような機能を持つタンパク質があり、これらの受容体が腸内代謝物質や病原菌を検出すると、神経系を通じて脳にシグナルを送ることが分かっています。
例えば、ある乳酸菌はマウスのうつ様行動を抑制するのですが、この抑制効果は迷走神経が手術により切断されたマウスでは見られないことが報告されています[3]。
また、腸内細菌の中には直接的に、あるいは間接的にホルモン産生に関与している菌がいます。例えば幸せホルモン「セロトニン」は脳よりも腸の中で多く作られていると言われています[4]。
他にも、ストレスを緩和する機能性が知られているGABAなども、実は腸内細菌によっておなかで作られています[3]。
更に、腸から脳へは他にも2つの経路を介して影響することが知られています。それが「腸内代謝物質を介した経路」と「免疫細胞を介した経路」です。
腸内代謝物質による「腸→脳」への影響
腸内代謝物質は腸内細菌で作られた後に吸収されて血流を通じて全身を巡ります。そして、その中には直接脳に到達して作用するものが知られています。例えば短鎖脂肪酸の一種である酢酸は、脳に直接作用して食欲を抑制してくれていることが報告されています[5]。
免疫細胞による「腸→脳」への影響
もう一つの免疫細胞を介した経路です。実は腸は生体の中でも非常に免疫細胞が集まった臓器[6]であると言われており、腸で制御・活性化された免疫細胞は直接脳に移行したり、免疫物質を分泌することで脳に影響を及ぼすことが知られているのです[7]。
この様に、実は「腸→脳」の方向でも非常に多様な経路で影響が起きていることが明らかになってきました。
多くの臓器に対しては、脳は他の臓器を一方的に制御する立場にありますが、腸の場合は双方向でお互いに制御をしあっているんですね。
このような背景から腸は「第二の脳」とも呼ばれたりもしています。
この腸と脳の双方向のコミュニケーションは「脳腸相関」と呼ばれています。
そして、これまでの説明の中で「腸内代謝物質」という単語が何度も出てきたことからも分かる通り、この脳腸相関には腸内フローラと彼らが作り出す腸内代謝物質が非常に重要であると考えられています。
そして現在、腸内環境の研究において脳腸相関は非常に注目されている分野の一つとなっているのです。
腸内環境でストレスは軽減できる(はず)!!
さて、長々と脳と腸の関係性について説明をしてきましたが、皆さんが一番知りたいのは
「結局腸内環境でストレスに立ち向かうことはできるのか?」
だと思います。
端的に言ってしまうとと「できる可能性が高い」というのが現状の回答になるかと思います。
なぜこんなふわっとした回答になってしまっているのかと言うと、ヒトを対象としたストレスの試験は、個々人の生活環境や食習慣、アンケート回答時の主観の異なりなど、影響する因子があまりにも多すぎて、腸内環境に由来した効果があるかどうか断言するのが非常に難しいからです。
例えば動物試験の場合は、飼育環境や餌などを全く同じにした個体を複数用意することができるので、腸内環境による影響の評価がしやすいです。そして実際に腸内フローラを持っているマウスと持っていないマウス(無菌マウス)を比較すると、同じストレス環境下に置いた際に感じるストレスが、腸内フローラを持つマウスでは少ないことが報告されています[8]。
同じ研究で、無菌マウスにビフィズス菌を飲ませると、腸内フローラがいるマウスと同程度のストレス耐性を獲得したとも報告していることから、腸内フローラを持っていること自体がそもそもストレス耐性に重要であることが示唆されています。
もちろん研究者もヒトで効果があるかを見たいと考えており、世界中でヒトを対象とした試験が行われています。日本でも研究が進んでおり、2024年に報告された研究ではストレスコントロールが大変な育児中のお母さん達を対象とした研究において、腸内細菌の多様性が低かったり酪酸産生菌が少ないと、ストレスから回復する力(心的レジリエンス)が低いことなどが報告されています[9]。
この様に腸内フローラのバランスが乱れたり、短鎖脂肪酸の産生能力が下がってしまっていると、ストレス耐性が弱まってしまう可能性があるのです。
また、複数の研究で乳酸菌やビフィズス菌のプロバイオティクスやポストバイオティクス(不活性化された細菌およびその代謝産物。プロバイオティクスが生きた菌に対し、ポストバイオティクスは死んだ菌のサプリメント)を摂取することで、ストレス軽減や睡眠の質が向上したことが報告されています[10]。
この様に、乳酸菌やビフィズス菌などのプロ/ポストバイオティクスを摂ることは、腸内環境を介したストレス軽減としては、取り入れやすいかもしれません。
まずは腸内環境を整えて短鎖脂肪酸を作ろう
では「ストレスに立ち向かうために何をしたら良いか?」という問ですが、まず最初に取り組むこととしては
「いろいろな食物繊維を摂って、短鎖脂肪酸を増やす」
ことが良いかと思います。
腸と脳の関係性でもお話した通り、短鎖脂肪酸は腸から脳への作用において非常に重要な役割を果たしています。この作用の中にはもちろんストレスなどの精神状態に関連するものも多く含まれています。実際に、多様性が低い人や短鎖脂肪酸産生量が少ないとストレス耐性が下がっているという報告もあるので、短鎖脂肪酸を増やすということはストレスに立ち向かう上で非常に重要であることは間違いないでしょう。
また、短鎖脂肪酸はストレス耐性以外にも様々な有益効果があることが分かっています。ストレスに対してはもちろん、疾患予防や肥満予防など、良い効果がたくさん報告されているので、まずは旬の春野菜などを食べて、短鎖脂肪酸を増やすことから始めてみるのはどうでしょうか。
参考文献
[1] Bruta et al. Transl. Med. Commun. 2021; 6(1)
[2] Madison and Kiecolt-Glaser, Curr. Opin. Behav. Sci. 2019; 28: 105
[3] Bravo et al. Porc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2011; 108(38): 16050
[4] Yano et al. Cell, 2015; 161(2): 264
[5] Frost et al. Nat. Commun. 2014; 5: 3611
[6] Sender et al. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2023; 120(44): e2308511120
[7] Kasarello et al. Front. Microbiol. 2023; 14: 1118529
[8] Sudo et al. J. Physiol. 2004; 558(Pt 1): 263
[9] Matsunaga et al. Commun. Biol. 2024; 7(1): 235
[10] Haarhuis, Kardinaal and Kortman, Benef. Microbes. 2022; 13(3): 169