寒い季節が来る前に知っておきたい!薬と腸内環境の関係
こんにちは、onakademy編集部です。
酷暑だった夏もいつしか過ぎ去り、もうすぐ寒い季節がやってくることを予感させます。
冬になると風邪やインフルエンザなどの感染症もまた猛威を振るうことでしょう。そうなると、薬を飲む機会も増えるのではないでしょうか。
食事に影響されるイメージが強い腸内細菌ですが、実は薬と腸内環境の関連も大きいことがわかってきています。
薬の取り方によっては、副作用が強く出てしまったり、腸内環境が乱れてお腹を下してしまうことも。
本格的な冬が到来する前に、腸内環境と薬の関係を理解していきましょう。
※ 今回の記事では色々と薬と腸内細菌の関連性を伝えていますが、決して批判の意図はなく、現状わかっている科学的事実を知った上で、問題意識を持ってもらえたらと思っています。それを理解したうえで読み進めてもらえると嬉しいです。
腸内環境と薬の関係が注目された抗がん剤
本格的な話に入る前にまず、背景から話しておきましょう。
2018年頃に、ある薬と腸内環境の関連が相次いで生命科学における最高峰科学雑誌に掲載され、話題になりました。
その薬とは、「免疫チェックポイント阻害薬」のことです。
免疫チェックポイント阻害薬は抗がん剤(抗悪性腫瘍薬)の一種です。
この話をする前に、免疫についての前提知識から。
私達に備わっている「免疫」は、外から入ってくるウイルスや、がん細胞など体の中でおかしくなってしまった細胞を見つけて攻撃する役割を持っています。
しかし、がん細胞も生き残るのに必死ですから自分が免疫に攻撃されないように免疫細胞に作用して「免疫細胞ががん細胞を排除する働きにブレーキ」をかけてしまうことがあります。これを「免疫チェックポイント」と呼びます。
つまり、がん細胞が免疫細胞の働きを邪魔して、自分自身を守っているわけです。
免疫チェックポイント阻害薬は、この「ブレーキ」がかかることを邪魔する薬です。
がん細胞が免疫細胞の働きにブレーキをかけられなくなるので、免疫細胞が活性化し、がん細胞を攻撃できるようになります。
本題に戻ると、免疫チェックポイント阻害薬にはいくつか種類があるのですが、そのうち、「抗PD-1阻害薬」という薬の効能が腸内環境に影響されていることを報告した論文が立て続けにScienceという科学雑誌に投稿されました。
いずれの論文も、「腸内細菌と薬の効果の間に関連がある」という同様の結論を導き出しています。
例えば、抗PD-1阻害薬治療を受けているがん患者の腸内環境を調べると、治療効果がある人(レスポンダー)では腸内フローラの多様性が高く、効果のない人と比べてFaecalibacterium[1]やAkkermansia muciniphila[2]などの腸内細菌が多いなど、腸内フローラの構成も特徴的であることがわかりました。
また、これらの特徴が抗がん剤の治療効果と関連していることも明らかになっています。
さらに、レスポンダーの腸内フローラを無菌マウスに移植するとがん細胞の成長が抑えられ、抗PD-1阻害薬の効果が高まることも示されています[1-3]。
その3年後の2021年、ヒトを対象とした臨床試験も複数実施され、腸内フローラの移植がヒトでの抗PD-1阻害薬の治療にも効果的であることが示されました[4-5]。
またカナダの研究では、皮膚がん患者に対する抗PD-1阻害薬治療のみだと治療効果が現れる割合が20-30%程度なところ、腸内フローラの移植を組み合わせることで約65%にあがることを示しています[4]。
ただ腸内細菌を移植しただけでものすごい効果だと思いませんか。
国内でも、腸内フローラの移植と抗がん剤治療をあわせた臨床試験が食道がん、胃がんの患者を対象に開始されます[5]。
このように、がんに対する薬の効果に腸内環境が大きく影響していることはわかってきています。
それだけではありません。
私達が普段何気なく飲んでいる薬も腸内細菌に影響を与えるのみならず、腸内細菌により代謝されて形が変わることがわかっているのです。
経口薬が腸内細菌に与える影響
薬の中には抗生物質のような、そもそも菌を殺すことを目的としているものもありますよね。
抗生物質が腸内環境に影響を与えることは自明ですが、抗生物質以外の薬でも腸内フローラを変化させてしまう可能性が示されています。
抗生物質を除いた約800種類の経口薬が腸内細菌にどのような影響を与えるか試験管の中で評価した研究では、試験した薬の24%が1種類以上の腸内細菌の増殖を抑えることがわかりました [6]。
この研究では、種類別に影響を受けやすい腸内細菌も分析しており、一部の短鎖脂肪酸産生菌が特に影響を受けることを報告しています。
短鎖脂肪酸とは、腸内細菌によって作り出される、良い効果を多く持つ代謝物質のことです。
これらの薬の摂取により腸内細菌が変わるだけでなく、短鎖脂肪酸の産生に影響を与え、ヒトの健康にも影響を及ぼす可能性があることがわかります。
具体的には、下剤やメトホルミンなどの糖尿病薬、胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬などが腸内フローラを変化させる薬の代表例として知られています。
腸内細菌による薬の代謝
逆に、経口薬の多くが腸内細菌による代謝を受けて、成分が変わることも明らかになっています。
この研究では、271個の化合物を76の腸内細菌と試験管内で混ぜ合わせたところ、約65%にあたる176の化合物が代謝され、成分が変わってしまうことが示されました[7]。
このことは、効き目の違いや副作用のでやすさなどに直結することが考えられます。
家族で一緒に飲んだ薬なのに、親は効き目が良くて自分は効き目が悪かった、みたいな経験はありませんか。
バリウム検査の後に飲む下剤の効果も同様に影響をうけることは以前onakademyでも紹介しました。
これまでは個人差と片付けられていたものが実は腸内細菌によるものであった可能性があるのです。
風邪などの軽症の症状の場合はまだ良いですが、深刻な病気に対して信頼して飲んだ薬が腸内細菌の影響で効き目が薄くなったり、副作用が出やすくなる可能性があると考えるとゾッとしませんか。
「ポリファーマシー」
飲む薬の数も考慮する必要があります。
複数の薬を同時に摂取することを「ポリファーマシー(Polypharmacy)」と呼びます。
ある研究では、飲んでいる薬の数が多いヒトほど腸内細菌叢の多様性が低く、また短鎖脂肪酸産生菌が少ないことが示されており、さらに腸内細菌の抗生物質耐性も上昇することが報告されています[8]。
薬の飲み合わせが悪いとそもそも体調が悪くなったりすることもあるかと思います。腸内環境のためにも、本当にその薬が必要なのか考えたり、お薬手帳で薬の組み合わせが問題ないかをちゃんと管理していけると良いかもしれませんね。
あとがき
ハロウィンが近いということもあり、興味深いけどちょっぴり怖い、そんな話をお届けしました(アイキャッチも少し意識しているの気づきましたか?)。
冒頭にもお伝えしましたが、今回の記事で伝えたいのは、腸内細菌が悪い、薬が悪いという話ではなく、現状販売されている薬の多くが腸内環境にも影響を与え、その影響が必ずしも良いものではないということを意識してもらえたらという想いで今回の記事を書きました。
自分の腸内フローラと薬との相互関係があることを知ったうえで薬を利用することが、必要不可欠です。
将来的には、効果的ながん治療を行うために免疫チェックポイント阻害薬の効果が高まるような腸内フローラにすげ替えてから薬を投与するようなより高効果が高く、負荷の少ない薬剤治療法の開発も進んでいくのではないでしょうか。
また、ヒトに吸収される時点で本当に効能があるのか、腸内細菌に影響を与えないのか、ということを考慮して新薬開発が進んでいくと思われます。
今後の医薬品開発の動向はウォッチしていきたいですね。
参考文献
[1] Gopalakrishnan, V. et al. Gut microbiome modulates response to anti-PD-1 immunotherapy in melanoma patients. Science 359(6371), 97-103 (2018).
[2] Routy, B. et al. Gut microbiome influences efficacy of PD-1-based immunotherapy against epithelial tumors. Science 359(6371), 91-97 (2018).
[3] Matson, V. et al. The commensal microbiome is associated with anti-PD-1 efficacy in metastatic melanoma patients. Science 359(6371), 104-108 (2018).
[4] Routy, B. et al. Fecal microbiota transplantation plus anti-PD-1 immunotherapy in advanced melanoma: a phase I trial. Nat Med 29, 2121–2132 (2023).
[5] がん患者に腸内細菌移植 国がんなど臨床試験開始. 日本経済新聞. 2024-08-09. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG024E00S4A800C2000000/. (2024-10-24参照)
[6] Maier, L. et al. Extensive impact of non-antibiotic drugs on human gut bacteria. Nature 555, 623–628 (2018).
[7] Zimmermann, M., et al. Mapping human microbiome drug metabolism by gut bacteria and their genes. Nature 570, 462–467 (2019).
[8] Nagata, N. et al. Population-level Metagenomics Uncovers Distinct Effects of Multiple Medications on the Human Gut Microbiome 163(4),1038-1052. (2022).