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腸内環境と免疫の関わり(後編)

こんにちは。onakademy編集部です。

先週の記事では、免疫とはなにか、について解説しました。
後編となる今回は、免疫と腸内環境の関連についてお伝えします。


おさらい:自然免疫と獲得免疫

前半の記事で、私たちの体には大きく分けて2つの免疫システムが備わっていることをお伝えしました。

「自然免疫」と「獲得免疫」です。

これらは、獲得のタイミングや、主としてはたらく免疫細胞の違いによって分類されていました。

おさらいすると、自然免疫は生まれたときから備わっており、好中球やマクロファージが体内に入ってきた異物を認識して排除してくれます。

一方の獲得免疫は、異物が侵入したときにB細胞やT細胞、抗体などのはたらきによって駆動し、抗原を記憶することで新しく体内に入ってくる病原菌を排除します。

これまでのおさらい

免疫を制御するTregは酪酸によって分化が促進される

これらの免疫細胞が私達の免疫をドライブしてくれているわけですが、いざというときに免疫にブレーキをかける存在も必要です。

それが、T細胞の一種である制御性T細胞(Regulatory T cell, Treg)です。

Tregは直接異物の排除に関わるのではなく、免疫が働きすぎないように制御する役割を持ちます[1]。

Tregを含む免疫細胞は、サイトカインと呼ばれるタンパク質を産生・放出することで、免疫反応をコントロールしています。

このサイトカインにはその作用によって様々な種類があり、免疫反応を誘発するもの(炎症性サイトカイン)や、免疫反応を抑えてくれるもの(抗炎症性サイトカイン)などの分類に分けられます。

Tregは炎症性サイトカインを消費したり、抗炎症性サイトカインを産生したりすることで、うまく炎症反応を抑制してくれています[1]。

Tregがうまくはたらかないと、一型糖尿病や関節リウマチのような自己免疫疾患や炎症性腸疾患のような慢性炎症、花粉症などのアレルギーのリスクが高まります[2]。

近年の研究で、Tregの分化には短鎖脂肪酸の一種である酪酸が重要であることがわかっています。具体的には、酪酸は $${\textit{Foxp3}}$$ という遺伝子の発現を誘導することでTregへの分化を促進していることが示唆されています[3]。

腸内細菌と粘膜免疫

これまでの話題であった自然免疫や獲得免疫は、体内に入ってきた異物や不良細胞を排除する免疫でした。

体内に入ってきた異物を取り除いてくれる免疫システムがあるのは良いですが、そもそも、異物が体内に入ってくるのを防ぐことはできないのでしょうか。

これまで話してきた自然免疫と獲得免疫には両方合わせて「全身免疫」という名前がついています。

実は私達の身体には、この全身免疫とは異なる「粘膜免疫」という免疫システムが備わっているのです。

全身免疫が私達の身体の中に侵入してきた異物を排除するための免疫に対して、粘膜免疫はそもそも病原菌や異物が私達の体内に侵入してくるのを防ぐための免疫になります。

ここまでの話を整理すると・・・

腸内環境は「体外環境」

この粘膜免疫の中心となるのが、腸内細菌が棲んでいる腸管になります。

腸管が接している環境を説明するときに、内なる外という表現が使われることがあります

人間の口から肛門を一本のホースのようなものだとイメージしてください。

私達が吸い込む空気や摂取した飲食物は、口、食道、胃、小腸、大腸と通り、最後は肛門からガスやうんちとして出てきます。この際に、空気中や食事内の病原菌なども一緒に取り込まれることになります。

つまり、体内にある組織ではありますが、消化管が接する環境としては外とつながっている体外環境なんだということがわかるでしょうか。

そんな「内なる外」である腸管。ここでは身体に必要な栄養素を吸収する一方で、入ってきてしまった病原体を排除する感染防御の最前線としても機能しています。

腸以外にも眼や鼻、口、気道、肺といった体外環境と接する器官の粘膜面では、粘膜免疫による感染防御が行われています。

この粘膜免疫に大きな影響を与えるのが、腸管内に生息する腸内フローラの働きです。前半でも出てきた「抗体」ですが、腸内細菌がこの抗体の産生に寄与していることがわかっています。

感染症予防に欠かせない「IgA抗体」

粘膜免疫において、体外と体内を隔てる粘膜面で病原体の体内への侵入をブロックし、感染症予防に重要な役割を担うのが、免疫細胞によって作られる「免疫グロブリンA(Immunoglobulin A, IgA)」です。

免疫グロブリンは、前半の記事でも出てきた「抗体」の正式名称で、IgA以外にも、体内で抗原を認識して排除するための「IgG」や、アレルギーに関連する「IgE」などがあります。

他の免疫グロブリンと比較してIgAは様々な病原体に結合できるのが特徴です(抗原に対する特異性が低い、と表現されます)。

そんなIgAは、腸管の粘膜のみならず全身の粘膜面において細菌やウイルスなどの病原体の体内への侵入を防ぐ役割を担っています[4]。

そのため、IgAの分泌量が増えることは、様々な感染症予防につながります。

では、IgAの分泌量を増やすにはどうしたら良いでしょうか?腸内フローラの働きをじっくり見ていくと、そのメカニズムを紐解くことができます。

腸内細菌が産生する「短鎖脂肪酸」がIgA産生を促進し、感染症を予防する

腸にはIgA産生を誘導するための特別な組織が存在し、免疫細胞が働く重要な場所となっています。

これらの特別な組織はリンパ濾胞(ろほう)やパイエル板と呼ばれています。

そして、腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸が、リンパ濾胞およびパイエル板におけるIgAの産生を促進してくれるていることが知られています[5]。


腸内細菌によるIgA産生促進のメカニズム

① 腸内細菌は、大腸まで届いた食物繊維などの未消化物を分解し、常に代謝物質を産生し続けています。

② 腸内細菌由来の代表的な代謝物質のひとつである短鎖脂肪酸は腸管から吸収され、血中に移行して全身を巡り、様々な臓器に運ばれ受容体と結合することで有益な効果をもたらします。

③ また、大腸で産生された短鎖脂肪酸は、大腸のリンパ濾胞において免疫細胞の一種であるTregの作用を介してB細胞を刺激します。

④ リンパ濾胞で刺激を受けたB細胞はIgA産生B細胞に分化します[4]。

⑤ 産生されたIgAは腸管内に分泌されたり、

⑥ 血流に移行して全身を巡り、異物などの刺激によってIgAを産生します。

⑦ また、大腸から吸収されて血中に移行した短鎖脂肪酸は小腸にあるパイエル板という免疫組織に存在するTregおよびB細胞にもはたらきかけます。

⑧ パイエル板からも、IgA産生B細胞が放出されます[5]。

以上が腸内細菌によるIgA産生のメカニズムです。

なお、前述の通りパイエル板やリンパ濾胞において成長したIgA産生B細胞は身体中の粘膜を移動することができます。

これを免疫細胞のホーミングと呼びます。

ホーミングしたIgA産生B細胞は、腸管粘膜だけでなくあらゆる粘膜上でIgAを分泌し、感染症予防に寄与しています。

このように、腸内フローラのはたらきが、体外と体内を隔てる全身の粘膜面における感染防御のバリア機能として、私たちの健康に大きく貢献してくれているのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。前後半にわたって免疫と腸内環境との関わりについて語ってきました。

免疫は私達の身体を異物から守ってくれていますが、その免疫の最前線で活躍してくれているのが腸内細菌なのです。


最後のまとめ!

便通を改善したり、太りにくい身体を作ったり、睡眠の質を改善したりと腸内細菌および短鎖脂肪酸は様々な有益な効果を私達にもたらしてくれますが、より直接的なメリットとして免疫を強化したり、免疫に重要な抗体の産生に寄与してくれていたんですね。

「あれ、なんか風邪を引きやすくなったな。。」と思ったら、腸内細菌が乱れるような食生活をしていないか、もう一度見直してみてはいかがでしょうか。

参考文献

[1] Kayama, H. Maintenance of Regulatory T Cells by Microbiota, Journal of Intestinal Microbiology. 36(4),177-188 (2022).
[2] Vignali, D., Collison, L. & Workman, C. How regulatory T cells work. Nat Rev Immunol 8, 523–532 (2008). 
[3] Furusawa, Y., Obata, Y., Fukuda, S. et al. Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells. Nature 504, 446–450 (2013).
[4] Suzuki et al. Relationship of the quaternary structure of human secretory IgA to neutralization of influenza virus. PNAS. 112(25), 7809-7814 (2015).
[5] Chen et. al. Rethinking mucosal antibody responses: IgM, IgG and IgD join IgA. Nat. Rev. Immunol. 20(7), 427-441 (2020).

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