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ファスティングと腸内環境との関連は、まだよくわからないという話

近年、健康法としてのファスティング(断食)が注目を集めています。ファスティングの結果が排便量の変化として目に見え関連を想起しやすいためか、腸内環境との関連性について聞かれることが何度かありました。

そこで今回は、現時点での科学的知見を整理しながら、ファスティングの意義について考えてみようと思います。


ファスティングの種類

世界には伝統的に様々なファスティング方法があり、いずれも食事と断食の時間を決めて交互に行うことが基本となります。イスラム教のラマダン断食が有名ですが、キリスト教にも断食する習慣があります。

これらを分類するならば例えば、毎日の食事を毎日6時間から8時間に制限する時間制限食、時間制限食を30日間続けるラマダン断食、1日おきに断食する隔日断食、週に2日のみ断食する5:2断食などに分けられます。

ファスティングで痩せるメカニズムとしては、食べない時間を設けることで総摂取カロリーが低減するだけではなく、食事を12時間以上控えると肝臓のグリコーゲンが枯渇し、脂肪分解が促進されてケトン体がエネルギー源として利用される仕組み[1]を利用しています。

また、ファスティングを通じて体内の酸化ストレスや炎症を抑えるタンパク質、あるはオートファジーを促進するタンパク質の発現量増加につながること[2]が報告されており、肥満や肝疾患[3]、2型糖尿病[4]の改善に推奨されています。

 では、ファスティングは腸内環境に影響するのでしょうか?文献[5]をもとに紐解いてみましょう。

時間制限食

朝から昼の時間帯だけに食事を制限すると腸内細菌叢の多様性増加、体重および体脂肪率の減少、炎症マーカーの低下、脂質プロファイルが改善するという報告があります[6]。一方、菌叢の多様性は変化しないという報告もあります[7]。

【ラマダン断食(時間制限食の長期版;1日15-16時間の断食を30日間)】

酪酸産生菌[8]や体重減少と関連する細菌(Akkermansia muciniphilaなど)の増加[9]、血糖値を正常に保つ能力の改善(インスリン抵抗性の低下)や炎症抑制[10]をもたらします。一方で、ラマダン終了後には微生物叢の構成がラマダン前の状態に戻る傾向が確認されています[11]。

【隔日断食・5:2断食】

腸内細菌の多様性に及ぼす影響は小さいものの、短鎖脂肪酸産生に寄与する菌属が増加し、メタボリックシンドローム患者の腸管バリア機能改善や全身性炎症を減少することが示唆されています[12]。

 このようにファスティングが腸内環境に与える影響については、一部の研究報告はあるものの、全体としてまだ十分なエビデンスがあるとは言えません。

被験者数が少なかったり、長期的な効果が明らかでなかったりする論文が多いため、「断食が腸内細菌の多様性を高める」や「特定の有益な細菌を増やす」といった主張を確実だと受け取るのは難しい状況です。

つまり、「断食は腸内環境を改善するのか」という問いに対する現時点での答えは「明確な証拠が不足している」と考えられます。ただし、関連する研究は増えつつあるので、今後の成果に期待したいところです。

「飽食の時代」の新しい解釈


中世以前の人類は食料不足に苦しんでいましたが、近代は『飽食の時代』と言われています。この言葉はこれまで『贅沢な食事が当たり前になった社会』という意味で使われてきましたが、現代ではもう少し違った視点で考える必要があるかもしれません。

例えば、SNSでバズりやすい食事は、カロリーや脂肪が多いものが目立ちます。そういった食事は目を引きやすく、つい食べたくなってしまいます。しかし、このような食事を続けると、消化管に必要以上の負担がかかります。

つまり、消化管が処理できる量を超えた食事を、日常的に摂っている人が増えているのです。

このように「飽食の時代」を「消化管の処理能力を超えて(飽和して)いる時代」とも解釈できるのではないでしょうか。

ファスティングの意義

このような現代において、ファスティングには次のような意義があると考えられます:

  1. 消化管を休ませる機会の提供

  2. 過剰な食事を避け炎症の緩和や抑制

  3. 食事や身体と向き合う時間の創出

ファスティングを『腸内環境を一気に改善する特効薬』のように考えるのは適切ではありません。消化管に休息を与え、普段の生活では気づきにくい消化管や腸内細菌のことを考える機会として活用してみるのはいかがでしょうか。

まとめ

ファスティングが腸内環境にどのような影響を与えるのか、現時点では科学的な裏付けが十分とは言えません。ただ、現代は食べ過ぎによって消化管に負担がかかりがちです。そのため、適切な方法で行うファスティングは、消化管を休ませたり、自分の消化活動を見直したりする良い機会になると考えられます。

参考文献

[1] Laffel, L. M. B. Ketone bodies: a review of physiology, pathophysiology and application of monitoring to diabetes. Diabetes-metabolism Research and Reviews 15, 412–426 (1999).
[2] Jamshed, H. et al. Early Time-Restricted Feeding Improves 24-Hour Glucose Levels and Affects Markers of the Circadian Clock, Aging, and Autophagy in Humans. Nutrients 11, 1234 (2019).
[3] Kord-Varkaneh, H. et al. Effects of the 5:2 intermittent fasting diet on non-alcoholic fatty liver disease: A randomized controlled trial. Frontiers in Nutrition 9, (2022).
[4] Teong, X. T. et al. Intermittent fasting plus early time-restricted eating versus calorie restriction and standard care in adults at risk of type 2 diabetes: a randomized controlled trial. Nature Medicine 29, 963–972 (2023).
[5] Popa, A. D. et al. A Scoping Review of the Relationship between Intermittent Fasting and the Human Gut Microbiota: Current Knowledge and Future Directions. Nutrients 15, 2095 (2023).
[6] Xie, Z. et al. Randomized controlled trial for time-restricted eating in healthy volunteers without obesity. Nature Communications 13, (2022).
[7] Khan, M. N. et al. Intermittent fasting positively modulates human gut microbial diversity and ameliorates blood lipid profile. Frontiers in Microbiology 13, (2022).
[8] Özkul, C. et al. Structural changes in gut microbiome after Ramadan fasting: a pilot study. Beneficial Microbes 11, 227–233 (2020).
[9] Özkul C. et al. Islamic fasting leads to an increased abundance of Akkermansia muciniphila and Bacteroides fragilis group: A preliminary study on intermittent fasting. Turk J Gastroenterol. 30, 1030-1035 (2019).
[10] Mindikoglu AL. et al. Intermittent fasting from dawn to sunset for 30 consecutive days is associated with anticancer proteomic signature and upregulates key regulatory proteins of glucose and lipid metabolism, circadian clock, DNA repair, cytoskeleton remodeling, immune system and cognitive function in healthy subjects. J Proteomics.217:103645 (2020).
[11] Su J. et al. Peppelenbosch MP. Remodeling of the gut microbiome during Ramadan-associated intermittent fasting. Am J Clin Nutr. 113(5):1332-1342 (2021).
[12] Guo Y et al. Intermittent Fasting Improves Cardiometabolic Risk Factors and Alters Gut Microbiota in Metabolic Syndrome Patients. J Clin Endocrinol Metab.106(1):64-79 (2021).

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