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健康長寿に重要な二次胆汁酸

腸内細菌だけではなく、腸内細菌によって作り出される代謝物質も重要だということはonakademyの記事でも何度か話をしています。今回の記事でも代謝物質に注目してお話したいと思います。


腸内細菌由来の代謝物質としては短鎖脂肪酸(Short-chained fatty acids; SCFA)がその主要なものですが、他の代謝物質、特に肝臓において作られ腸内に分泌された胆汁酸が腸内細菌によって代謝されることで産生される「二次胆汁酸」についてもその重要性が評価されてきています。

前回の研究室マガジンに投稿した記事では腸内環境の老化について取り上げましたが、その記事でも引用していた二次胆汁酸と「健康長寿」が関連していることを報告した研究を紹介します。

健康長寿にはある腸内細菌のグループが作り出す二次胆汁酸が重要

今回紹介する研究は2021年に著名な国際科学雑誌であるNatureに投稿された論文で、

Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians
(百寿者の細菌叢には新規胆汁酸生合成経路が多く存在する)

という題名の通り、百寿者(100歳以上まで生きる人)の腸内環境が特徴的であることを明らかにしています。

本研究のキーポイントは主に3つ。

  1. 百寿者の便中にイソアロリトコール酸(isoalloLCA)という二次胆汁酸が特異的に多いこと

  2. isoalloLCAを合成できるような腸内細菌群を同定したこと

  3. isoalloLCAには他の胆汁酸同様、病原性細菌の増殖抑制作用をもつことを明らかにしたこと

百寿者の便中にはisoalloLCAが特異的に多い

平均107歳からなる日本国内の百寿者(n=160)、80代の高齢者(n=112)、若年者(21-55歳、n=47)から便サンプルを採取し、百寿者の腸内環境を調べたところ、百寿者に特異的な腸内細菌叢としてAlistipes、Parabacteroides、Bacteroidesなどの菌が多いことが明らかになっています。

また、若年者らと比べて短鎖脂肪酸産生菌の割合や便中の一部の短鎖脂肪酸の濃度は低かったものの、isoalloLCAという二次胆汁酸の割合が多いことが新たにわかりました。

isoalloLCAを合成できるような腸内細菌群を同定

百寿者由来の腸内細菌の代謝反応を確かめたところ、isoalloLCAを合成する菌群としてParabacteroides merdae、Odoribacter laneus、Odoribacteraceaeが同定されました。

これらの菌はisoalloLCAの合成に関わる5AR5α-reductase(5AR)、3β水酸化ステロイド脱水素酵素(3βHSDH)という酵素を保有しており、遺伝子的にも合成能を持つことがわかりました。

また、無菌マウスにOdoribacteraceaeを投与すると、生体内においてもisoalloLCAが合成できることも見出しています。

isoalloLCAの持つ病原性細菌の増殖抑制作用

胆汁酸には病原性細菌の増殖抑制作用を持つことが報告されています[1,2]。isoalloLCAについても検証したところ、同様の作用を持つことが確認され、院内感染の代表例であるクロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI)に対しても効果があることがマウス試験で示されました。

あとがき

本研究によりisoalloLCAという二次胆汁酸およびそれを産生する遺伝子を持つ腸内細菌が百寿者の腸内に多いことが明らかになりました。残念ながら、これらが老化をどう制御するのかの具体的なメカニズムについてはまだ研究途上です。

ただ、病原菌の増殖抑制作用も認められているので病原菌由来の炎症が抑えられていることがキーなのかもしれません。

短鎖脂肪酸の機能が注目されてきたことで、代謝物質が重要だという点は徐々に広まりつつあります。二次胆汁酸については以前は大腸がんとの関連が注目され[3]、有害なイメージが先行していましたが、今回の健康長寿のみならず、感染予防効果が示唆されているなど、有益な報告も増えてきています[4]。二次胆汁酸も注目していきたい代謝物質の一つです。

以前、本論文の共著者の新先生が登壇されたウェビナーにおいて、「長寿の秘訣は何だと思うか」という質問に対し「百寿者の方はとにかく前向きで、その心持ちに圧倒される」と答えていたのが印象的でした。

脳腸相関の一貫として、腸内細菌とやる気や社交性、気分などが関連していることもわかってきています。健康寿命延伸の一翼を腸内環境が担っている可能性は高そうです。今後も腸内細菌と老化や健康寿命についての最新研究は追いかけていきたいですね。


今回紹介した論文

Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians
(百寿者の細菌叢には新規胆汁酸生合成経路が多く存在する)
Sato, Y. et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature 599, 458–464 (2021). 

参考とした慶應義塾大学からのプレスリリース:
日本医療研究開発機構. 「腸内細菌から産生される健康長寿に関わる胆汁酸 - 百寿者のマイクロバイオームで増加する新たな胆汁酸の生合成経路 -」掲載日:2021年8月10日. 参照日:2024年9月30日


参考文献


[1] Buffie, CG. et al. Precision microbiome reconstitution restores bile acid mediated resistance to Clostridium difficile. Nature 517, 205–208 (2015).

[2] Thanissery, R., Winston, JA. & Theriot, CM. Inhibition of spore germination, growth, and toxin activity of clinically relevant C. difficile strains by gut microbiota derived secondary bile acids. Anaerobe 45, 86–100 (2017).

[3] Bernstein, H. et al. Bile acids as endogenous etiologic agents in gastrointestinal cancer. World J Gastroenterol 15, 3329–3340 (2009).

[4] Song, I. et al. Prebiotic inulin ameliorates SARS-CoV-2 infection in hamsters by modulating the gut microbiome. npj Sci Food 8, 18 (2024).

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