見出し画像

研究者たちが腸内細菌について語ってみた

こんにちは、onakademy編集部です!

唐突ですが、今回はタイトルのとおり、いつもとは違うテイストでおなかの世界を読者のみなさまと共有したい!と思っております。

初回の自己紹介記事でお伝えしましたように、このメディアは「腸内環境から病気ゼロ」を目指す研究者たち、つまり、毎日腸内細菌と向き合っている人々が主となって運営しています。

今回は、そのような日々おなかの研究に様々な角度から向き合っている研究者たちのトークの一部から、おなかの深みを一歩掘り下げて知っていただく機会になれば嬉しいです。


前段 〜人それぞれ、腸内フローラは実に多様〜

はじめに前提として、人それぞれの腸内フローラは個人固有のものであることを改めてお伝えします。

私たち人間の一人あたりの腸内には約40兆個、種類にしておよそ1000種類にもおよぶ腸内細菌が棲んでおり、それらの腸内細菌の群集はまるでお花畑のように見える様子から腸内フローラと呼ばれています。

一人ひとりの腸内フローラは、主に長期的な食習慣や生活習慣などの環境要因の影響を受けて形成されていくため、これまでの個々人の歴史が刻まれるように腸内フローラに特徴が表れます。

どのくらい違いがあるのかと言うと、こんな感じです。↓↓


<健康な30〜50代の日本人男女48名の腸内細菌叢データ>

横軸に番号が振られている棒一本ずつが、ある個人の腸内細菌の組成を表しています。

グラフの右に腸内細菌を「属」というレベルでグループ分けした際の名称が羅列されていますが、ここでは「様々なグループの菌がいるんだ」ということだけまず知っていただきたいです。

グラフの通り、健康な人々であっても個々人がどのような種類の腸内細菌をどのくらいの割合で持っているのかは、だいぶ異なることがわかります。

例えば、日本人には多いと言われている黄色で表されるビフィドバクテリウム属(ビフィズス菌)だけを比べても、実は全く持っていない人もいるのです。

まだまだ腸内フローラ検査はこれから普及が進んでいく段階ですので、自分の腸内フローラを調べたことがないという方が大半だと思いますが、何度か調べていくうちに自分の腸内フローラの特徴が、まるで自分のアイデンティティの一つのようになっていくので不思議です。

「腸内フローラも含めて自分」という気持ちが芽生えてくるのです。

腸内環境研究者の推し菌っているの?

今回の企画に備え、研究者らに対して「自分が愛着を持っている腸内細菌っている?」という会話からスタートしました。

すると様々なコメントが飛び交ってきたわけですが、「愛着を持っている、推している」というところの理由としては以下2点に帰着しました。

1. 自分の腸内にいるから!
2. 健康に寄与する研究報告が多い菌だから!

1「自分の腸内にいるから!」についてさらに分解すると

A:自分の腸内に平均より多くいるから
B:自分の腸内にいる割合としては少ないけれどレアな菌だから大切にしたい

の2パターンがありました。

A(自分の腸内に平均より多くいるから)に関しては、自分のおなかの中にいるのだから、その菌にエサをあげれば効率的に活躍してくれるし、エサが届けば短鎖脂肪酸をつくってくれるのだから、可愛いがらない手はない!ということです。まるでペットのように。

B(自分の腸内にいてレアな菌だから)に関しては、あまり多くの人が持っていない「レア感」をそのまま自分の個性の一つと捉えているケースです。その少数の菌を今後も生かし続けたいというモチベーションで大切にしているようです。

推したいもう一つの理由である

2「健康に寄与する研究報告が多い菌だから!」

にまつわる話として、今回は3つの属を取り上げてご紹介します。

話題①Parabacteroides(パラバクテロイデス)

いきなり、聞いたことがない腸内細菌かもしれません。
近年、いくつかの健康効果に関与していることが連続的に研究報告で出ていたことから、この名があがりました。

代表的な研究報告として、2021年に百寿者の腸内環境を調べた研究において、Parabacteroides merdae(パラバクテロイデス メルデ)という種の腸内細菌が多いことが報告されていたり[1]、別の研究ではこの菌が産生する代謝物質のうちウルソデオキシコール酸というものが肥満改善効果[2]や感染症の予防に寄与[3]する可能性も報告されています。

一方で、このパラバクテロイデスに限らず、同じ属の腸内細菌でももう一段階下の「種」というレベルごとに菌を見ていくと働きが変わることもある、という奥深さもあります。


ちなみにイラストにいるこちらです!

話題②Bifidobacterium(ビフィドバクテリウム)

こちらは聞きなじみがある人が多いと思います。いわゆるビフィズス菌と呼ばれるものです。

日本人に多いといわれていますが[4]、やはり自分が持っている腸内細菌の中でも「割合が多いから大事にしている」であったり、自分のおなかのパートナーであるがゆえに、「減ると嫌だ」という声が多数でした。

ビフィドバクテリウムは非常に多くの種を持ち(2016年現在50種[5])、一人あたりから2〜4種のビフィズス菌が検出されることもあります。種ごとの研究報告も一番多い菌と言えるでしょう。

適切にエサが届くと乳酸や酢酸(短鎖脂肪酸の一種)を産生し、健康への影響について悪い報告が少ないことでも有名です。例えば、Bifidobacterium longum(ビフィドバクテリウム ロンガム)がO157の感染を予防する[6]という免疫系への作用や、排便回数の増加[7]に関する研究報告など、多数の研究報告があります。

また、ビフィズス菌の特徴はなんといっても、珍しいY字の形です。
実験で菌を直接扱っている研究者の中には、くっきりとしたYに出会えた時には愛おしさすら感じる人もいるようです。Yが分裂し増殖していく様子をぜひ生で見てみたいですね。

イラストではこちら!

さらに、ビフィズス菌の強みとしては、プロバイオティクス(健康に有用な働きをもたらす生きた菌)としてヨーグルトやサプリメント等に代表される食品から摂取できる点です。

自分のおなかにもともといる種の菌かどうかは摂取する菌の種に依存するものの、ビフィズス菌を増やしたい場合には「補充もできる」と考えられるのはメリットですね。

話題③Prevotella(プレボテラ)

こちらも日常では聞かない菌かもしれません。

食物繊維の摂取量と相関がある[8] 、ベジタリアンの人に多い[9]、欧米へ移住すると減る(その代わりBacteridesが増える)[10]などと言われていることから、食事との関連が非常にわかりやすい菌と言えるでしょう。

Prevotella copri(プレボテラ コプリ)という種の存在量が多い人は大麦を摂取した後の糖代謝の改善(血糖値が上がりにくい)が見られやすいことなどが報告されています[11]。

ちなみにこの菌、研究発表時はPrevotella copriという名称でしたが、現在はPrevotella属の多様さからSegatella copriという別の分類で呼ばれています[12]。

(ちなみに、Segatellaという名前は現在腸内環境研究の現役トップサイエンティストであるイタリア Trento大学のNicola Segata博士に由来しています。)

このように、自分がほしい健康効果と菌の研究報告がリンクしていると、おなかの中に維持したいモチベーションになりますね。


イラストではこちら。実は弊社内の誰かに似せてデザインしています。

重要なのは菌単独の機能よりもコミュニティ力!?

数ある腸内細菌の中からごくごく一部の菌についてご紹介しました。
その中でもでてきましたが、腸内細菌の働きというのは、「種」というかなり細かな分類まで見てやっと固有の機能がわかることも多いのです。

そして、結局は個々の菌の働きがどうかという点にとどまらず、様々な腸内細菌が40兆匹おなかに集まった結果どうか?という

腸内フローラというコミュニティとしてのありようとその機能

を捉えていく必要があります。

そのため、私たちは腸内フローラの遺伝子とそれらにエサが届いたときにが作り出される様々な成分を網羅的に調べることで腸内環境を包括的に理解するということに日々勤しんでいます。

研究レベルで日々様々な報告がなされていきますが、それらの新知見を自分の腸内環境と照らし合わせて見てみると、おなかのパートナーたちとの新たな関係性が見えてくることは間違いない!と言いましょう。

誰もがあたりまえに自分の腸内フローラを知る時代ももうすぐ。より多くの人とおなかの新世界を共有していきたいです。

〜 余談 〜

腸内細菌の名前は実に複雑で滑舌が試される名前が多いことにお気づきかもしれません。

属名、種名など分類学的な位置を示す学名は、ラテン語(あるいはラテン語化した語)である必要があり、属名や種名などはその菌の発見者や、細菌学に貢献した研究者の名前に由来することが多くあります。

腸内細菌が自分のおなかのパートナーだと考えると、口ずさんだときの響きも筆者にとっては興味がひかれるポイントになっています。

例えばChristenesenella(クリステンセネラ)という、BMIの低い人の腸内に多い[13]と言われている菌の響き、綺麗だと思いませんか?自分のおなかにいたらいいな…と思ってしまいます。

他にも加点があったのはRoseburia(ロゼブリア)。こちらはRoseから始まりお花を連想させるような響きですね。濁音かつ複雑な名前が多い中でたまに出会う素敵な名前も、また気分を上げてくれます。

読者のみなさんはこれからどんな推し菌に出会えるでしょうか。

参考文献

  1. Sato, Y. et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature 599, 458-464 (2021).

  2. Wang, K. et al. Parabacteroides distasonis Alleviates Obesity and Metabolic Dysfunctions via Production of Succinate and Secondary Bile Acids. Cell Reports 26(1), 222-235 (2019).

  3. Nagai, M.  et al. High body temperature increases gut microbiota-dependent host resistance to influenza A virus and SARS-CoV-2 infection. Nature Communications 14, 3863 (2023).

  4. Nishijima, S.  et al. The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. DNA Research 23(2), 125–133 (2016).

  5. Watanabe, K. Current Status and Trends of the Methods for the Classification of Bifidobacteria. Journal of Intestinal Microbiology 30, 129-139 (2016).

  6. Fukuda, S. et al.Bifidobacteria can protect from enteropathogenic infection through production of acetate. Nature 469, 543-547 (2011).

  7. Okada, K. et al. Effects of Bifidobacterium longum CLA8013 on bowel movement improvement: a placebo-controlled, randomized, double-blind study. Bioscience of Microbiota, Food and Health 42(3), 213-221 (2023).

  8. Lim, M. et al.Stability of gut enterotypes in Korean monozygotic twins and their association with biomarkers and diet.  Sci Rep 4, 7348 (2014).

  9. de Moraes, A. et al.Enterotype May Drive the Dietary-Associated Cardiometabolic Risk Factors. Front Cell Infect Microbiol. 7, 47 (2017).

  10. Vangay, P. et al. US Immigration Westernizes the Human Gut Microbiome. . Cell 175(4), 962-977.e10 (2018).

  11. Kovatcheva-Datchary, P. et al. Dietary Fiber-Induced Improvement in Glucose Metabolism Is Associated with Increased Abundance of Prevotella. Cell Metab. 22(6), 971 (2015).

  12. Thomas, H. et al. A taxonomic note on the genus Prevotella: Description of four novel genera and emended description of the genera Hallella and Xylanibacter. Systematic and Applied Microbiology. 45(6), 126354 (2022).

  13. Goodrich, JK. et. al. Human genetics shape the gut microbiome. Cell 159, 789-799 (2014).


今週も最後までお読みいただきありがとうございます!記事は毎週月曜日更新。次回の記事もお楽しみに!