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腸から若返る:腸内環境の老化、傾向と対策

“腸内環境の老化”とは

メタボリックシンドロームや糖尿病、動脈硬化、慢性腎臓病などは高齢者に多く見られるため、加齢関連疾患と呼ばれます。これらの病気は、数年にわたって低レベルの炎症が続く「慢性炎症」が特徴です[1]。

最近の研究では、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸などの物質が、体内の炎症を抑え、加齢関連疾患を軽減する役割を果たすことが分かってきました[2]。では、そんな慢性炎症を抑える役割を持つ腸内細菌自体も、年齢とともに老化してしまうのでしょうか?

もし老化した場合、何が起こるのでしょうか?そして、その老化を防ぐ方法はあるのでしょうか?


腸内環境の老化は加齢関連疾患のリスクを高める

加齢とともに、腸内細菌のバランスは大きく変わります。特に60代以降では、短鎖脂肪酸を作り出すBifidobacterium属が減少し、病原性の細菌が含まれるProteobacteria門の割合が増えるのが、日本人の高齢者によく見られる腸内細菌の特徴です。一方で、年齢に比べて若々しい腸内細菌を持つ人もいれば、逆に、まだ成人なのに老化した腸内細菌を持つ人もいることが分かってきました[3]。

また、60代以上で腸内細菌が高齢者型の人は、コリンやトリメチルアミンといった加齢関連疾患のリスク因子が高く、腸のバリア機能に関連する遺伝子の働きが低下しているため、全身性の炎症を引き起こす可能性が懸念されています[4]。

腸内環境を意図的に老化させると何が起きるのか

では、腸内環境が老化すると具体的にどんな変化が起こるのでしょうか?この疑問に答えるために、動物実験の結果を見てみましょう。

腸内細菌を別の個体に「移し替える」ことができる腸内細菌叢移植技術があります。若いマウスの腸内細菌を高齢マウスに移植すると、筋肉の厚みや握力が増加し、皮膚の保湿に関与するタンパク質の発現が促進され、皮膚の保湿能力が向上することが報告されています[5]。

一方で、老化した腸内細菌が慢性炎症を引き起こすこともわかっています。老齢マウスの腸内細菌を無菌の若いマウスに移植すると、抗炎症作用に関わるとされるAkkermansia属細菌の細菌が減少し、炎症に関与する可能性があるSaccharibacteria(TM7)属やProteobacteria属の細菌が増加しました。その結果、腸のバリア機能が低下し、炎症性物質が循環系に漏れ出すことが確認されました。また、全身のT細胞が活性化され、老化に伴う慢性炎症が悪化することも明らかになりました[6]。

マウスを使った別の研究では、腸内細菌が神経系の炎症にも影響を与えることが示されました[7]。高齢マウスの腸内細菌を若いマウスに移植すると、感染や損傷による炎症時に脳の炎症性ミクログリア細胞や網膜の炎症性マーカーが大幅に増加し、視覚に関わるタンパク質が減少しました。逆に、若いマウスの腸内細菌を高齢マウスに移植すると、腸のバリア機能が回復し、全身の炎症が軽減されることが確認されました。

つまり、腸内環境が老化すると、筋肉や肌、神経の老化にもつながる一方で、若々しい腸内細菌があれば、それらを若返らせる可能性があることが示唆されました。

腸内環境の老化を避けるには、プレ・プロバイオティクスの摂取が肝心

腸内細菌の多様性と安定性を保ち、腸内環境を健康に維持するためには、日常的にプレバイオティクスやプロバイオティクスを摂取することがとても大切です。では、どれくらいの量や期間を続ければ、腸内環境の老化を抑える効果が期待できるのでしょうか。ヒト試験のデータをもとに確認してみましょう。

プレバイオティクスは、老化を抑えるための具体的な摂取量が決まっているわけではありませんが、国ごとに食物繊維の推奨摂取量には違いがあります。たとえば、ニュージーランドで行われた研究では、女性で25g/日以上、男性で30g/日以上の食物繊維を摂取しているグループが、少ないグループ(女性18g/日以上、男性22g/日以上)に比べて、イヌリンなどのプレバイオティクスの効果がより現れやすいことがわかりました[8]。

これは、普段から食物繊維を多く摂っている人の腸内環境がプレバイオティクスを発酵しやすかったり、効果を受けやすい状態になっている可能性が考えられます。

プレバイオティクスを摂取して腸内細菌のバランスに変化が現れるまでには、数々の試験から4週間前後かかるとされています[9]。

ただし、これは変化の「兆し」であり、その後も変化を維持し続けることが重要です。例えば、地中海食(全粒穀物、野菜や果物、魚介類を中心とした食事)を1年間続けることで、老化に伴う腸内細菌のバランスが改善され、血中の炎症指標の低下や抗炎症指標の増加が認められました[10]。

プレバイオティクスを意識した食事が腸内環境の改善に効果的であることは明らかですが、時間をかけた取り組みが必要です。

プロバイオティクスは、腸内環境を整えるために役立つ細菌を含む食品やサプリメントのことです。長期的に摂取することで、腸内の老化を防ぐ効果が期待されています。乳酸菌の一種のLactobacillusを含む製品を週に3日以上、10年間続けて摂取していた人たちは、週3日未満の人たちに比べて「腸内細菌が年齢とともに大きく変化する高齢者」の割合が少なく、腸内細菌の変化も抑えられていることが報告されています[11]。

楽しみながら続ける健康習慣

年単位の取り組みが長いか短いか、僕は「まぁそんなものかな」と思いました。

薬効のある漢方薬でも、数年にわたって服用することがありますし、食品ならなおさらです。慢性炎症は、感染症などで生じる急性炎症とは異なり、健康診断では少し数値が高い程度なので見落とされがちですし、生きている限り体内では少なからず炎症が起こっています。慢性炎症の解消や、加齢に伴う疾患の軽減に取り組むには、手軽で気軽に楽しめるライフワークとして続けられることを選ぶのが良いでしょう。

ニュージーランドの例にあるように、1日30gの食物繊維を摂るのは、ごぼう100gに含まれる食物繊維が5gであることを考えると、ちょっと大変かもしれません。人によってはかなり負担に感じることもあるでしょう。でも、味付けを工夫したり、果物を取り入れたりしながら、楽しく続けていくことが大切です。いろいろな食材から30gを目指すのもいいですが、自分の腸内細菌叢に合ったプレバイオティクスを組み合わせれば、もっと効率よく摂取できるのかもしれませんね。

参考文献

[1] Manabe, I. et al. Chronic inflammation links cardiovascular, metabolic and renal diseases. Circ. J. 75, 2739 (2011).
[2] Meng, L. et al. Pro- and anti-inflammatory effects of short chain fatty acids on immune and endothelial cells, Eur. J. Pharmacol. 831, 52 (2018).
[3] Odamaki, T. et al. Age-related changes in gut microbiota composition from newborn to centenarian: a cross-sectional study. BMC Microbiol 16, 90 (2016).
[4] Yoshimoto, S. et al. Enriched metabolites that potentially promote age-associated diseases in subjects with an elderly-type gut microbiota. Gut Microbes 13(1), (2021).
[5] Kim, K.H., et al. Gut microbiota of the young ameliorates physical fitness of the aged in mice. Microbiome 10, 238 (2022).
[6] Fransen F, et al. Aged Gut Microbiota Contributes to Systemical Inflammaging after Transfer to Germ-Free Mice. Front Immunol. 8, 1385 (2017).
[7] Parker, A. et al. Fecal microbiota transfer between young and aged mice reverses hallmarks of the aging gut, eye, and brain. Microbiome 10, 68 (2022).
[8] Healey G. et al. Habitual dietary fibre intake influences gut microbiota response to an inulin-type fructan prebiotic: a randomised, double-blind, placebo-controlled, cross-over, human intervention study. Br. J. Nutr. 119, 176-189 (2018).
[9] Vinelli, V. & Riso, P. Effects of dietary fibers on short-chain fatty acids and gut microbiota composition in healthy adults: A systematic review. Nutrients 14, 2559 (2022).
[10] Ghosh TS. et al. Mediterranean diet intervention alters the gut microbiome in older people reducing frailty and improving health status: the NU-AGE 1-year dietary intervention across five European countries Gut 69, 1218 (2020).
[11] Amamoto, R. et al. Yearly changes in the composition of gut microbiota in the elderly, and the effect of lactobacilli intake on these changes. Sci Rep11, 12765 (2021).

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